久米島訪問の気づき その6

久米島訪問の気づき その6です。
 
話題は、歴史です。
 
 
 
琉球王朝に征服される前に権力をふるったのが伊敷索(チナハ)一族。

父と息子3人で各地に城を築き、その力を大いにふるいました。

父の『伊敷索城(チハナグスク)』は現久米島博物館のある場所に立てられ、

長男は『宇江城(ウエグスク)』、次男は『具志川城(グシカワグスク)』、

三男は『登武那覇城(トゥンナハグスク)』を与えられます。

こちらは、琉球王朝から焼かれてしまい、

復元したくても資料不足で、それができないようです。

 

元々いた集落のエリートたちはこの一族に積極的に協力することで、外部からの侵入者の中でも地位を得ていきます。

この時代は中国との貿易もさらに盛んになり、ますます栄華を極めるかと思われました。

しかし、沖縄本島を統一した尚氏によって侵略を受け、独立国家としての久米島も終焉を迎えることとなります

上江洲家に行きました。

具志川城主の末裔の上江洲家の屋敷。

フクギの老木と石垣に囲まれた、石垣殿内の構造による1750年頃の建造物。

フクギは。柱の部分です。硬くて、大工泣かせであったようです。

太い柱は、釘を使っていません。

 

豚小屋です。豚は、貴重な財産でタンパク源であったようです。

 

家の裏側から見ました。風通しが良いです。

国指定重要文化財です。

 
ご主人が上江洲家の15代目という奥様にお会いしました。
 
こちらの再建には、国費や補助金をいただけたようですが、
 
全額ではないので、ご当主の方は、その費用の工面にご苦労されたようです。
 
久米島の歴史を肌で感じることができました。
 
素敵なお庭が印象的でした。

Follow me!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です