HP時代に大変お世話になった青木 一郎さんが、永眠されました。

青木さんとの初めてお会いしたのは、テニスコートでした。左利きで、小柄な方でした。

いつもニコニコされて、人事や営業のお仕事を長くされていました。

長男が生まれて、八王子のテニスコートにカミさんと行ったときに、テニスをしている間の子守をしていただきました。

20歳も年上の大先輩ですので、本来は、そんなお願いができる関係では無いのですが、青木さんのお人柄か、「青木さんなら頼んでも大丈夫とちゃうか?」という気持ちにさせてくれる方でした。

そんな青木さんが、コートに立つと、自分のテニススタイルに強いこだわりを持っていると感じました。

特に、サービスは、同じフォームから繰り出すスライスとフラットのボールが手元で微妙に変化をして、リターンできないことがありました。

その時の青木さんの笑顔は、いつもに増して輝いていたことを覚えています。

テニスの合間に会社のこと人生のことなどたくさんの相談に乗っていただき、いろいろなお話をしていただけました。

いつも穏やかに、的確にアドバイスしてもらえました。会社の先輩のロールモデルと思っていました。

そんな青木さんと一緒にスマッシュ練習をしているときに事故がおきました。

スマッシュのために、ジャンプして着地されたときに、隣のコートからきたボールに乗っかって、転んでしまいました。

近くの病院にご一緒して、ご自宅まで送りました。アキレス腱を痛めてしまいました。

その後、神戸に転勤したりしましたので、青木さんにお会いする機会がなくなりました。

神戸から戻ってきたときにHP OB会に初めて参加した時に再会できました。

人懐っこい笑顔は、以前と変わらずでした。

ご冥福をお祈りします。 合掌。